2025年7月1日より、ハノイ市では大規模な行政区画の再編(統合・廃止・新設)が実施されましたt。これは市内の最小行政単位(街区<Phường>や村<Xã>に相当)を抜本的に整理するもので、約600あった区画数がわずか126区画(新設51「街区」と75「村」)にまで大幅削減されています。本記事では、この再編によってどの区がどのように統合・廃止・新設されたのか(旧名称と新名称の対応)、再編の目的や政府発表の要点、そして住所表記や不動産検索時の実務上の注意点をわかりやすく解説します。
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再編の背景と目的
今回の行政区再編は、中央政府の行政改革方針に沿った全国規模の取り組みの一環です。国会常務委員会は2025年6月16日にハノイの行政区再編に関する決議1656号を採択し、7月1日から施行しました。その目的は「行政機構のスリム化と効率向上」にあり、限られた人員で効果的な行政サービスを提供するとともに、都市の持続的発展に対応するためです。特に、人口や面積が基準未達の小規模区画を統合し、行政サービスの均てん化と住民生活の利便性向上を図る狙いがあります。
また、ハノイ市ではこの再編に伴い行政組織の仕組みも変更されています。従来30あった郡・区・市社(郡部17郡、都市部12区、ソンタイ市社1)の区分けは形式上存置されるものの、区レベルの議会や党組織は廃止され、市と街区/村の二層制行政に移行しました。つまり、従来は市→区→街区(村)という3階層だった行政が、市→街区(村)の2階層へ簡素化されています。これにより区役所の機能は各新設された街区役所に集約され、住民に身近なレベルで行政サービスが提供される体制となりました。政府発表によれば、再編によっても住民の日常生活や権利に支障が出ないよう配慮するとともに、地域の歴史的・文化的なアイデンティティも尊重する方針が掲げられています。
旧区画と新設区画の対応関係
中心部の再編(旧街区→新街区)
ハノイ旧市街中心部では小規模な街区の統合が大胆に行われ、12の都市区(旧「区」)に属していた多数の坊(街区)が2~5程度の新しい「街区」に再編されました。特に歴史的中心エリアでは、旧市街の小さな街区が大きな新区に集約されています。例えば:
- ホアンキエム区(旧市街中心部)では、旧来のホアンキエム湖周辺や旧市街(36通り)に点在していた小さな坊が「ホアンキエム区」と「クアナム区」の2つに再編されました。具体的には、ハンマ(Hàng Mã)、ハンボー(Hàng Bồ)、ハンダオ(Hàng Đào)、ハンバック(Hàng Bạc)等の旧坊や、リータイトー(Lý Thái Tổ)坊などホアンキエム湖周辺の区域をすべて統合して新「ホアンキエム区」が設置され、一方でチャンフンダオ(Trần Hưng Đạo)、ハンバイ(Hàng Bài)、ファンチューチン(Phan Chu Trinh)等の旧坊は統合され新「クアナム区」(Cửa Nam)となりました。旧ホアンキエム区に属していた坊の名称である「ハン◯◯」や「チャン◯◯」などは行政上使われなくなり、大半が上記2区に吸収されています。
- バーディン区(旧フランス軍政庁エリアを含む都心北部)でも、小規模の坊が大幅に統合されました。「バーディン区」「ゴックハー区(Ngọc Hà)」「ザンボー区(Giảng Võ)」の3つの新区が設けられ、旧坊のクアンタイン(Quán Thánh)坊、チュックバック(Trúc Bạch)坊、コングヴィ(Cống Vị)坊、リーウザイ(Liễu Giai)坊、キムマー(Kim Mã)坊などがそれらに再編されています。例えばクアンタイン坊とチュックバック坊は丸ごと新「バーディン区」に統合され、ゴックハー区やザンボー区も周辺の旧坊を吸収する形で成立しました。
- ハイバーチュン区(旧市街の南東部)では、旧来の坊が3つに再編され、「ハイバーチュン区」「バクマイ区(Bạch Mai)」「ヴィンティエウ区(Vĩnh Tuy)」が新設されています。旧フォーフエ(Phố Huế)坊やドンニャン(Đồng Nhân)坊などは合併して「ハイバーチュン区」となり、バクマイ区には旧バクマイ坊・クインマイ坊・バクホア坊などが統合、ヴィンティエウ区には旧ヴィンティエウ坊・タインルオン坊などが再編されています。
- ドンダー区(旧市街の西側)も大規模再編が行われ、「ドンダー区」「キムリエン区(Kim Liên)」「バンミエウ・コックツーザム区(Văn Miếu–Quốc Tử Giám)」「ラング区(Láng)」「オーチョーズア区(Ô Chợ Dừa)」の5つ程度の新区に再編されました。旧ドンダー区にあったカットリン(Cát Linh)坊、ランハー(Láng Hạ)坊、カンクエ(Khâm Thiên)坊、ナムドン(Nam Đồng)坊、フォンリエン(Phương Liên)坊など多くの坊は、これら新区に吸収されています。例えば旧カムティエン(Khâm Thiên)坊、バンチュオン(Văn Chương)坊、トーゴアン(Thổ Quan)坊の3坊が統合されて新「バンミエウ・コックツーザム区」となり、旧ランハー坊やカットリン坊の大部分は「オーチョーズア区」に再編されています。
これら中心4区(ホアンキエム、バーディン、ハイバーチュン、ドンダー)では約70%もの街区数が削減されており、新区の名称には旧区名そのもの(例:「ホアンキエム」「バーディン」「ドンダー」「ハイバーチュン」)が採用されるケースが目立ちます。これは、「区」レベルの行政単位として親しまれてきた名前をそのエリアの新しい区名として残すことで、住民の愛着や認知度を維持する狙いがあります。例えば「ホアンキエム区」の名前は、今後は新設された「ホアンキエム区」として地名表記に残り、同様に「バーディン」「ドンダー」等もそれぞれ新区名として引き継がれています。一方、旧来の具体的な通り名に由来する坊名(「ハン○○坊」や「○○マイ坊」など)は行政上廃止され、新住所では登場しなくなりました。
その他の都市部・新興エリアの再編
中心部以外の都市区でも、同様に坊の統廃合が実施されています。基本的に各区内の坊は2~5つ程度の新区に再編され、多くの場合旧区名を冠した区が1つ設けられています(例:「カウザイ区」「ロンビエン区」「ホアンマイ区」「ハドン区」等)。いくつか例を挙げます:
- ホアンマイ区(南部の新興住宅地)は、旧来の約14坊が「ホアンマイ区」「リンナム区(Lĩnh Nam)」「ヴィンフン区(Vĩnh Hưng)」「トゥオンマイ区(Tương Mai)」の4区に再編されました。例えば旧ヤンソー(Yên Sở)坊やディンコン(Định Công)坊、トゥオンマイ坊などが統合され新「ホアンマイ区」となり、旧トゥオンマイ坊・ホアンヴァントゥ(Hoàng Văn Thụ)坊・ザップバット(Giáp Bát)坊の大部分は新「トゥオンマイ区」に再編されています。
- タインスアン区(市西南部の住宅地)は、旧坊を統合して「タインスアン区」「クオンディン区(Khương Đình)」「フォンリエット区(Phương Liệt)」の3区に再編されました。旧タインスアンチュン(Thanh Xuân Trung)坊やニュアンドイン(Nhân Chính)坊等は新「タインスアン区」に、旧クオンドイン坊・ハーディン(Hạ Đình)坊等は「クオンディン区」に吸収される形です。フォンリエット区は旧フォンリエット坊と一部隣接区画を合わせ拡張された新区です。
- カウザイ区(市西部の商業・オフィス街)は、旧坊の再編で「カウザイ区」「ギアードー区(Nghĩa Đô)」「イエンホア区(Yên Hòa)」の3区となりました。例えば旧ジッボン(Dịch Vọng)坊・ジッボンハウ坊のエリアは新「カウザイ区」となり、旧ギアータン(Nghĩa Tân)坊やクアンホア(Quan Hoa)坊周辺は新「ギアードー区」にまとめられています。
- タイホー区(西湖周辺の高級住宅街)は、旧8坊が「タイホー区」「フートゥオン区(Phú Thượng)」の2坊に再編されました。旧タイホー区では「タイホー」の名称がそのまま新区名として残り(西湖の南岸一帯をカバー)、北岸側は旧フートゥオン坊を核に周辺を統合した新「フートゥオン区」となっています。
- ロンビエン区(紅河東岸の新市街地)は、旧14坊が「ロンビエン区」「ボーデー区(Bồ Đề)」「ヴィエトフン区(Việt Hưng)」「フックロイ区(Phúc Lợi)」の4区に再編されました。例えば旧ロンビエン坊・フックドン(Phúc Đồng)坊・タックバン(Thạch Bàn)坊等は新「ロンビエン区」に統合され、旧ボーデー坊・ゴックルオイ(Ngọc Thụy)坊周辺は新「ボーデー区」に再編されています。
- ハドン区(西部の衛星都市)は、旧17坊が「ハドン区」「ズオンノイ区(Dương Nội)」「イエンギア区(Yên Nghĩa)」「フールオン区(Phú Lương)」「キエンフン区(Kiến Hưng)」の5区に再構成されました。旧ハドン区では行政区画としての「ハドン」の名が新「ハドン区」として残り、市中心部に相当する複数坊を包含しています。その他の新区も、旧坊を複数まとめた広域区となっており、例えば旧イエンギア坊・ドンマイ(Đồng Mai)坊は新「イエンギア区」に、旧フーラム(Phú Lãm)坊・フールオン坊は新「フールオン区」に統合されました。
以上のように、ホアンマイ区やタインスアン区など新興住宅エリアから、カウザイ区やタイホー区など商業・高級住宅地まで、すべての都市部で旧坊の再編成が行われています。多くの区で旧区名=新区名という対応が取られたため、新住所では「◯◯区○○坊」という表記が消滅し、「○○区」(=旧区名)のみ記載されるケースが増えます。これは後述する住所表記にも関わる重要なポイントです。
郊外郡部の再編(旧村・町→新行政単位)
ハノイ市郊外の郡部(Huyện)においても、各「村(社)」や「町(市鎮)」単位の統合が全域で行われました。郊外では再編後の行政単位は「坊(Phường)」ではなく従来通り「社(Xã)」と呼ばれるケースもありますが、機能的には都市部の坊と同様に大規模化・広域化されています。
- 例えばチュオンミー郡(Chương Mỹ)では、旧5村(Phụng Châu、Tiên Phương、Thụy Hương、Đại Yên、Ngọc Hòa)と1つの町(Chúc Sơn町)をすべて統合し、新「チュオンミー社」が設置されました。さらに隣接するハドン区からバイザン坊(Biên Giang)とドンマイ坊(Đồng Mai)の一部も編入され、新「チュオンミー社」の管轄に含められています。チュオンミー社は面積約38.9km²・人口約8.8万人とハノイ最大の行政区画となり、旧チュオンミー郡全体が一つの社(もしくは社)に再編された形です。このように郡部では旧郡名を冠した新行政単位が設けられる例が多く、チュオンミー郡⇒チュオンミー社のような対応関係になっています。
- ザーラム郡(Gia Lâm)では、旧11村・2町が再編され5つの新「社」になりました。例えば新「ザーラム社」や「バッチャン社(Bát Tràng、新設)」などが誕生しています。バッチャン(伝統陶器村として有名)は旧町から社への格下げではありますが、新生「バッチャン社」は周辺村と統合され広域化しています。
- ドンアイン郡(Đông Anh)では、旧23村・1町が再編され5つの新「社」になりました。例えば新「ドンアイン社」や「トゥーラム社(Thư Lâm、新設)」「フクティン社(Phúc Thịnh)」などができています。旧ドンアイン郡内の地名「ドンアイン」は、そのまま新行政単位名として存続しています。
- タインチー郡(Thanh Trì)では、旧15村・1町が再編され4つの新「社」になりました。「タインチー社」「ダイタイン社(Đại Thanh)」「ゴックホイ社(Ngọc Hồi)」「ナムフー社(Nam Phù)」が設立され、例えば旧タンリエット村(Thanh Liệt)やタンチュー町(Văn Điền)新ダイタイン社へ統合されています。新タインチー社は旧タインチー村を引き継ぐ名称で、郡名がそのまま新社名となった例です。
以上のように、ハノイ市郊外17郡すべてで旧村・町の整理統合が実施されました。新しく誕生した75の「社」には、旧郡名や歴史ある地名が多く採用されています。例えば「バヴィ社」(Ba Vì)はバヴィ郡の名称を継承した新行政単位で、面積約81.3km²と市内最大規模です。一方、市民から馴染みの薄い新名が提案されたケースでは地元意見を踏まえ変更も行われました(例:当初案では「Thọ Lão社」とされていたダンフューン郡の新社は「Liên Minh社」に決定、「Cẩm Đà社」とされていたバヴィ郡の新社は「Bất Bạt社」に変更)。このように地域の歴史・伝統ある名称を優先して命名する方針が取られ、住民からも高い支持(名称への最低支持率88%、多くは100%同意)が得られたと報告されています。
住所表記・不動産検索での注意点
行政区再編後は、住所や不動産情報の表記が大きく変わります。旧区画名で物件検索すると混乱する可能性があるため、新旧名称の対応を理解しておきましょう。以下に主な注意点を整理します。
- 住所記載は新名称を使用: 2025年7月以降、公的手続きや契約書類では必ず新しい行政区画名を使う必要があります。既存の市民IDや証明書に記載された旧住所は直ちに再発行しなくても構いませんが、新規の不動産売買契約、車両登録、婚姻届などでは新しい坊・社名で住所を書く必要があります。例えば旧住所「ハイバーチュン区フォーフエ坊○○番地」は、再編後は「ハイバーチュン区○○番地(ハノイ市)」といった表記になります。旧「フォーフエ坊」が「ハイバーチュン区」に吸収統合されたため、古い坊名は住所から外れる形です。このように旧坊名・旧郡名は新住所に基本登場しない点に注意してください。
- 不動産検索は新エリア名で: 不動産情報サイトや地図サービスでも、順次新しい区画名に更新されています。旧坊名や旧郡名で検索しても該当物件が表示されなかったり、「名称が存在しない」といった結果になる場合があります。物件探しの際は、そのエリアが再編後どの新区・新社に属するかを確認し、新名称で検索するようにしましょう。例えば、旧称で人気だった「チュクバック地区(Trúc Bạch)」の物件は、現在は新設「バーディン区」に含まれるため、検索時は「バーディン」で探す必要があります。同様に「Nguyễn Du坊」(旧ホアンキエム区)周辺の物件は、新設「クアナム区」にエリア区分が変わっています。本ブログの地図ページでも、主要な旧→新名称の対応表を掲載しますので参照してください。
- 契約書類・公式記録の更新: 不動産賃貸借契約、売買契約、公証書類、領収書・請求書(VATインボイス)など住所を含む全ての書類は新名称に書き換える必要があります。企業の場合、登記上の所在地住所や税務書類も新しい坊・社名に更新しなければなりません。ハノイ市当局は住所変更手続きの猶予期間を6〜12か月程度設けており、その間に順次変更するよう呼びかけています。区役所(現在は各新坊・新社の役所)は、住民や中小事業者向けに具体的な案内・サポートを実施しています。重要書類については、自動で新住所へ書き換えられるケースもありますが、念のため自分でも住民票や保険証などの住所表記を確認しておくと安心です。
- 生活サービスは従来通り利用可能: 行政区画名は変わっても、学校・病院区割りや各種公共サービスの利用範囲は直ちには変更されません。児童・生徒の通学区、地域医療の担当区域などは過渡期において従前の区割りが維持されます。再編後も役所窓口業務は各旧役所で当面継続し、新設された坊・社の庁舎や担当者へ段階的に引き継がれる計画です。再編初期の混乱を最小限に抑える措置が講じられていますので、住所変更手続きも慌てず案内に従って対応してください。
今回のハノイ市行政区再編は、ベトナム全土で進む地方行政改革(63省市を34に再編する計画など)の一部でもあり、ホーチミン市など他の都市でも同様の区画整理が進行中です。新旧名称に戸惑うこともあるかもしれませんが、本記事や公式発表資料を参考にしていただき、スムーズに新しい住所表記・エリア区分へ移行しましょう。再編後のハノイ市街地図や対応表を活用し、旧区名で検索して「情報が見つからない」といった混乱を防いでください。